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レビュー(Amazon.co.jp)
???深夜0時だけアクセスできるサイト「地獄通信」に怨みを書き込むと、地獄少女・閻魔あい(声・能登麻美子)が現れ、憎い相手を地獄に落としてくれる。しかし依頼人も死後地獄に堕ちてしまうという、ホラー・ファンタジーTVアニメのDVD第6弾。第16話「旅芸人の夜」では、地獄少女の謎を追う柴田とつぐみの親娘は小さなサーカス団の少女を訪ねるが、彼女は地獄通信にアクセスした覚えはまったくなかった……。第17話「硝子ノ風景」は霧の中、目的のサナトリアムに辿り着いた柴田たちは、入院中の少女の歓迎を受けるが、つぐみはその雰囲気に無気味なものを感じて…。第18話「縛られた少女」は弱みを握られたがゆえに中年女に奉仕を強いられ、徐々に追い詰められていく少女の悲劇…。各事件と柴田親娘の追跡とがドラマとしてかなり神秘的に融合するようになり、それがひとつのパターンになってきたとも思しき巻で、シリーズ中の力作が勢ぞろい。このところ絶えていた地獄少女たちの“仕事”ぶりも久々にじっくり拝める。(増當竜也)
カスタマーレビュー ![]()
正義と云う失われた皮膜の下には、蠢く色彩と情念の声。
(2006-08-10)
死後の地獄行きと引き換えに、怨みを持つ相手を地獄に流してくれる。そんな少女の霊魂<と三人の妖怪>の物語です。
勧善懲悪型のお話とも一見思えますが、主人公あいは対象者の善悪に関する裁定を何ら下しません。ただ依頼された対象者を分け隔てなく、機械的に地獄へ流す、一種の「スペシャリスト」的存在です。16話には依頼者に手を差し伸べる姿がありますが、これはシリーズ中でも数少ない例外でしょう。
ですから彼女は誰かを救いもしなければ、何を解決することもありません。例えば18話では公権力が犬<や自身の家族>を次々と殺していた対象者を捕捉し、断罪を加えようとするシーンがあります。しかし依頼者の少女はそうした処罰に罪の贖いとしての意味を認めることが出来ず、結局赤い紐を解いてしまいます。それでもなお死んだ犬が戻って来る訳もなく、残るのは後悔と地獄に堕ちる運命だけ。たとえ公的・私的を問わず、罰を下したとしてもそれは罪、ないしは悲しみを癒すことは決してないと云う、<今時は珍しくもない>冷厳たる論理だけが突きつけられます。
しかし、そういうストーリーであればこそですが、ナマの怨みや憎しみの表現、また誰かを地獄に落とし込むと云う行為の持つ、生々しさや情念が逆に際立っています。此処は声優・アニメーターさんを褒め称える所でしょう。特にあいの場合には普段の口調に抑制が聞いているだけに、唯一生気の滲み出る決まり文句「いっぺん、死んでみる?」には、情念の生々しさを余計垣間見る気がします。
さらに、それを支える服飾や背景の鮮やかな色彩感覚も好み。特にEDの、紅い瞳に蒼い彼岸花。またあいの紅い瞳も、本編では夕暮れの菫色、深更の墨色、空の蒼、木の翠など、背景によって見え方や感情が変わり、あいの無表情振りを補っていて面白いです。そうした全てが、この世の論理を超えた異世界を描き出すのに寄与しているのだと思います。
考え込ませるストーリーも重要な要素ですが、これは先ず、色彩と情念を愉しむ作品なのだ、と云うべきでしょう。
エゴとひいきと言うナの環境の中で
(2006-07-14)
よくある旅サーカス団。
しかし、そのサーカス団内では隠された、人間関係
1人は愛を独占する少女、もう1人は虐げられている少女。
誰も助けてくれない、誰かに仕掛けられた罠で失敗をし
その度に、罵声を浴びさせられ、体罰を与えられる
これぞ、生き地獄。
それでもすがりたかった、すがるしかなかった?
変わりたかった、そう願う少女の葛藤が、痛々しく
伝わってくる作品でした。
それを、悲しげに見つめる、閻魔あいの姿が印象に
残ります。
それはそうと、DVDで「地獄少女」観ている方
映像特典の会合にお気をつけくださいませ
最終的なネタバレがありますので〔笑〕
17話は魂からのアクセス
(2006-07-10)
17話はなかなかミステリアスホラーな展開になっていて好きです。
柴田は、森の中を車で走っていると、どこからかオルゴールが聴こえてくる。
すると車の前方に人影が現れて消える。
閻魔あいに取り憑かれたつぐみの口から「行くな。戻れ。」という声。
森の中でサナトリウムを発見し中に入ると、ややホラーじみた展開になっていきます。
これは亡き主人の想いを引き継いだ一体の人形を描くストーリーです。
こういう展開は初めてですね。見終わった後は切なくジーンと来ます。
エンディングの『かりぬい』の能登の切ない歌声がまた余韻に浸らせてくれます。
やはり、能登はこういう切ない歌を歌わせると最高ですね。
複雑ゆえに投げかけられる問い
(2006-07-04)
おそらく「怨みで人を地獄に送ることはいけないことかもしれない」という考えを視聴者に抱かせるためなのでしょう、これまでの何話かは、怨みのカタチは曖昧で地獄送りの描写も極めて淡白でした。しかし、この巻に収録されている16話と18話は、ここ何巻かにわたって曖昧になってきた怨みのカタチを正し、地獄送りの過程もしっかりと描き、地獄送りを本来あるべき姿に戻しています。
上記の流れの中で、ふと気づくことがあると思います。
それは、曖昧な怨みのカタチは「地獄少女の行動は正しいのだろうか」という問いかけであり、この巻で再び展開した本来あるべき怨みのカタチは「柴田親子の行動は正しいのだろうか」という問いかけである、と見てとれることです。この問いの掛け合いは結構絶妙で、どちらの行動にも正当性と疑問を感じるため、一層考えさせられる構成になっていると思います。
さて、この話の流れの先にあるものは一体何なのでしょうか。次巻以降も期待です。
初期の「必殺テイスト」が強く感じられるシリーズ第6弾
(2006-06-30)
「現代版必殺シリーズ」といったテイストで始まった今シリーズ、全26話の中盤も過ぎた前巻では、パターン化を嫌ったのか「恨みを晴らす」描写よりも、恨みの本質を問うたり、閻魔あいの本質を考えさせるようなシナリオにシフトされていたのですが、今巻では、再び初期の頃の必殺テイストが前面に押し出された内容に戻っています。
特に16話では地獄に流される者に、恐怖を与えて反省を促す三藁の活躍が久しぶりにしっかり描かれていますし、登場人物の配置もかなり凝っています。誰が依頼者で誰が対象者なのか?ちょっとしたミステリーっぽい雰囲気を醸し出している展開がポイントですね。
一方18話では地獄少女に依頼する者が、恨みを募らせていく過程がかなり執拗に描かれています。この話に登場する敵役は、シリーズ随一と言っても良いほど嫌らしく、非道な人物として設定されており、一に対してつぐみが初めて持った疑問を裏付けるようなストーリー展開になっている点が秀逸。16話・18話とも初期のパターンを踏襲しつつもちょっとした味付けが施されており、ダレた印象を感じさせないのはさすがと言えますね。
ただ、唯一初期のパターンを崩している17話が、逆にかなりありきたりの展開に終始しているのが少々興ざめ。正直、展開もオチもミエミエといっていいですね。また閻魔あいの行動理由も不透明。あいと柴田親子の因縁が絡みそうで絡まないのも消化不良といった印象ですね。
今巻はシリーズ全体の中での位置付けが少々不明瞭な印象ですね。個別にはそれなりに楽しめる話もありますが、間もなくシリーズも終盤を迎える段階において、もう少し主題に絡む要素が欲しかったところです。


